大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 平成5年(ワ)9321号 判決 1996年1月29日

原告

月足健一

被告

株式会社スーパー大洋

ほか一名

主文

一  被告らは原告に対し、連帯して、金一二一八万四一六九円及びこれに対する平成四年四月二二日から支払い済みまで年五分の割合の金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その三を原告の、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは原告に対し、連帯して、金二九五八万四五一六円及びこれに対する平成四年四月二二日から支払い済みまで年五分の割合の金員を支払え。

第二事案の概要

普通貨物自動車と自動二輪車が衝突し、自動二輪車の運転者が傷害を負つた事故について、被害者から、普通貨物自動車の運転者に対して民法七〇九条に基づき、保有者に対し自賠法三条に基づき、損害賠償を内金請求した事案である。

一  争いのない事実等(証拠による事実は、証拠摘示する。)及びそれに基づく判断

1  本件事故の発生

発生日時 平成四年四月二二日午前四時三五分頃

発生場所 大阪市港区市岡四丁目五番二五号先路上

加害車両 普通貨物自動車(なにわ四四ち六三七二)(被告車両)被告上原運転

被害車両 自動二輪車(大阪市港か六二八〇)(原告車両)原告運転

事故態様 原告車両と被告車両が衝突し、原告車両が転倒したもの

2  被告らの責任

被告上原は、前方注視義務違反、前照灯点灯義務違反の過失があるから、民法七〇九条の責任がある。

被告会社は、本件事故当時、被告車両を保有し、その運行の用に供していたから、自賠法三条の責任がある。

3  原告の傷害

原告は、本件事故によつて、少なくとも、左上腕骨骨頸部骨折、左上腕神経叢引き抜き損傷の傷害を負つた。

4  既払い

原告は、自賠責保険から四六一万円、労災法における障害保険給付として六六万七四九五円、被告会社加入の保険会社から八〇八万三一四二円の支払いをそれぞれ受けた。

二  争点

1  過失相殺

(一) 被告ら主張

本件事故は、転回中の原告車両と直進進行中の被告車両の衝突事故であるから、被告車両が無灯火であつたことを考慮しても、少なくとも七割過失相殺すべきである。

(二) 原告主張

本件事故は、本件事故現場直近において、原告車両が東から西方向に転回を完了し、直進したところ、後方から、南東方向に被告車両の前部を斜めに原告車両に衝突させたものであるから、追突であつて、被告上原は本件事故当時無灯火であり、かつ、転回した原告車両の存在に全く気付かなかつたものであるから、被告上原の一方的過失に基づく事故である。

2  入院及び個室利用の相当性

(一) 原告主張

原告は、本件事故による傷害の治療のため、本件事故当日である平成四年四月二二日から同五年四月二四日までの三六七日間入院加療を受け、その間個室を使用したが、原告の傷害の程度からして、それは全期間相当なものであつた。

(二) 被告ら主張

原告は、症状からすると、平成五年一月からは通院可能であつたものの、同月三〇日、適応がないと判断されていた左肩関節形成手術を受けるため、入院を継続していたものであるから、同月以降は通院治療で十分であつて、入院は必要ない。

仮に、入院が必要であつたとしても、平成四年六月からリハビリを受けていたこと、同年九月頃からは外出、外泊も可能であつたのに、左上肢が疼痛のため使用できず、単身であつたので、やむなく入院を継続していたものであるから、平成五年以降は、個室使用を必要とするほどの症状ではなかつた。

3  後遺障害の内容、程度

(一) 原告主張

原告は、自賠法施行令二条別表後遺障害等級一〇級(以下、級及び号のみ示す。)に該当する左肩関節の著しい機能障害、一二級に該当する左肘関節の機能障害、一二級に該当する左手関節の機能障害、九級九号に該当する一(右)耳の聴力の完全喪失の各後遺障害を残し、症状固定したところ、それらを併合すると八級に該当する。

(二) 被告ら主張

原告の左手及び左肘関節の運動障害は自動のみであること、それらの動作は緩慢であるが、遅くとも平成五年一月一三日には、左腕神経叢麻痺も改善しており、左腕神経引き抜き損傷の所見はなくなり、筋萎縮もないため理学療法により関節可動域の改善が期待できる状態になつているのであるから、神経麻痺が原因でこれらの関節の動作が緩慢となつているものではないことからすると、後遺障害として認めるべきではない。

原告の右耳に感音性難聴が生じていることは否定しないが、中津病院耳鼻科の担当医も外傷との因果関係を不明であるとしていること、本件事故直後から症状が発生していないことからして、本件事故によるものとはいえない。

4  損害

(一) 原告主張

治療費(文書料も含む。)二九〇万三八三八円(未払い分四万〇〇九八円、既払い分二八六万三七四〇円)、付添看護費四一万二四六四円、装具費一四万九五一三円、入院雑費四七万七一〇〇円(1300円×367)、休業損害四九三万八二一八円(491万1307円×367÷365)、入通院慰藉料三二〇万円、後遺障害逸失利益二七八五万三七四〇円(491万1307円×0.45×12.603)、後遺障害慰藉料八一九万円

(二) 被告ら主張

付添看護費、装具費は認める。その余は争う。特に、平成五年一月以降の室料差額、電気使用料については、本件事故との因果関係を争い、未払い分のうち、文書料一通分五一五〇円は認めるものの、その余の文書料は、本件事故との相当因果関係がなく、壽東洋医学研究所での治療費は、医師によるものでなく、本件事故と因果関係はない。

5  既払い

(一) 被告ら主張

被告上原は、前記認定の既払い金の他、八〇万円を支払つたので、損益相殺されるべきである。

(二) 原告主張

争う。

第三争点に対する判断

一  過失相殺(争点1)

1  本件事故の態様

(一) 前記認定の本件事故の発生(第一、一1)に、甲二、三、一二、二三、検甲一ないし二一、証人中間の証言、原告(一回、二回)及び被告上原各本人尋問の結果を総合すると、以下の事実が認められる。

本件事故現場は、東西に伸びる片側一車線の道路と東行き一方通行道路と西行き一方通行道路が並んでいる道路とが東西に連続している道路(東西道路)に、北側交差道路(北側道路)が交差するT字型となつている交差点であつて、その概況は別紙図面のとおりである。本件事故現場は市街地にあり、交通は普通で、本件事故時は早期でまだ暗かつた。本件事故現場付近の道路は、アスフアルトによつて舗装されており、路面は平坦で、本件事故当時雨が降つていたため路面は湿潤しており、最高速度は時速三〇キロメートルに規制されていた。

被告上原は、別紙図面<1>に被告車両を停車させていたが、スイツチターンして、東西道路を東向きに進行するため、スモールライトは点けていたものの、前照灯は点灯しないまま被告車両を後退発進させ、<2>で前進を開始し、時速一〇キロメートル程度で進行していたところ、<ウ>のやや西側で被告車両右前角が、Uターン終了直前で、車体が東西道路よりやや左斜めを向いている状態の原告車両に乗車していた原告の左腕に衝突し、原告及び原告車両は<ウ>ないしそのやや南側付近に転倒した。被告上原は衝突する瞬間まで、原告車両に気付かなかつた。

原告は、原告車両を運転して、東西道路を東側から本件交差点に向かつて直進進行し、<ア>付近を通つて転回し、東行き一方通行方向に進入したところ、前記の態様で、被告車両が原告車両に衝突した。

本件事故によつて、被告車両は前バンパー右角擦過凹損等で小破、原告車両は前輪ホーク左擦過、前かご擦過等で小破の状態で、原告車両には特に擦過した後は認められなかつた。

(二) なお、甲三(実況見分調書)中の被告上原指示説明部分には、被告車両が原告車両を発見した際の被告車両の位置は<3>、原告車両の位置は<ア>で、被告車両が原告に衝突した際の、原告車両の位置は<イ>、被告車両の位置は<4>で、原告車両の転倒した位置は<イ>の約一〇・七メートル東の<ウ>とする部分もあるものの、前記認定の被告車両の速度、原告車両の破損状況からすると、甲三の被告上原指示説明記載部分では、衝突位置と転倒位置の距離が遠過ぎると推認できること、被告上原の本人尋問における供述では、むしろ、衝突するまで原告車両は認めておらず、衝突の際の正確な位置や角度は分からないものの、衝突時原告車両はUターンの途中であつたとするものであつて、また、衝突位置のすぐ前で原告車両が転倒したとしているもので、曖昧、かつ、実況見分調書の記載と矛盾しているものであつて、前記認定と反する甲三中の被告上原の指示説明部分は証拠として採用できない。また、同様に、被告上原の本人尋問における供述のうち、前記認定と反する部分は採用できない。

また、逆に、甲一二、二三には、原告がUターン終了後ある程度道路に平行に直進した後、被告車両が、道路に対して斜め右向きに進行し、原告の横に斜めに衝突したとする部分があり、原告も、本人尋問の結果において、それに沿う供述をするものの、被告車両は、スイツチターン後衝突までに二〇メートル程度走行していること、衝突後、被告車両と西行道路と東行道路を隔てるポールないしフエンスとの衝突の危険の有無が問題となつていないことからすると、被告車両は、東西道路に比し右斜めとなつていたとしても、その程度は少ないものであつたと推認でき、その事実と、前記の衝突の際の原告車両と被告車両の位置関係からすると、原告車両は、東西道路より、ある程度左斜めに向けて進行していたと推認できるから、甲一二、二三、原告の本人尋問における供述のうち、前記認定と反する部分は採用できない。そして、甲二には、被告車両が追突した旨の記載が有るものの、逆に、原告車両にまつたく気付いていない旨の記載もあり、右記載のみから原告主張の事故態様を裏付けることはできない。

2  当裁判所の判断

前記認定の事実、特に<ア>と衝突位置の距離、原告車両及び被告車両と東西道路との角度からすると、原告車両はUターン終了直前に衝突されたものであること、被告上原は辺りが暗いのに前照灯を点灯していなかつたこと、スイツチターンをし、前方を注視せず、発進した直後の事故で、いずれも著しい過失ないし重過失といえるものであることを総合考慮すると、過失相殺の割合は三〇パーセントとするのが相当である。

二  原告の症状の経過

1  前記認定の原告の傷害(第二、一3)に、甲四、六、一二、一六ないし二二、二五の1、2、二六ないし三〇、乙一、三、五、七、九、一一、一三、一五、一七、一九、二一、二三、二五、三〇ないし三六、三七の1、2、証人中間の証言、原告本人尋問の結果を総合すると、以下の事実が認められる。

原告(昭和一七年一〇月二八日生、本件事故当時四九歳、男性)は、平成三年四月一七日から、金星タクシーに就職し、タクシー運転手として稼働していたが、右勤務開始時の身体検査で難聴は認められず、その後も勤務先で難聴を疑われたことはなかつた。

原告は、本件事故により左上腕神経叢引き抜き損傷、左上肢運動知覚麻痺、頸髄不全損傷、左上腕骨骨折、頭部外傷、頸部捻挫の傷害を負い、平成四年四月二二日から同五年四月二四日まで松本病院に入院し、治療を受け、同日耳鼻科を除き、症状固定した。

原告の当初の症状は、左側頸部、左肩甲部より左肩関節痛、左肩甲部の知覚異常、左肩運動不能、左肘の屈曲は極めて僅かに可能であるが、左手関節運動は全ての方向に不能で、左手指の屈伸は極めて僅かに可能で、左上肢全体に知覚異常があり、橈側に強く、左手関節より末梢はほとんど知覚なく、両足趾に知覚異常があり、これらの症状により、頸髄損傷及び左上腕神経叢引き抜き損傷が疑われた。神経障害に対して、初診時よりステロイドの大量投与を行い、左上腕骨骨折に対しては、当初クラビクルバンド固定の後、左肩外転装具を使用した。

原告は、平成四年五月一一日、精査のため、関西医科大学附属男山病院に受診し、頸椎のMRI検査を受けたものの、異常がなかつた。しかし、同月一九日、脊髄造影検査を受けたところ、第五、第六頸椎間での神経根症状が疑われた。

原告は、受傷後、一か月頃より、左上肢の関節運動は少しずつ改善したが、関節運動速度は非常に遅く、リハビリを受けた。

同年七月七日、大手前病院に受診し、頸髄不全損傷、左上腕神経のう障害との診断を受け、誘発筋電図検査を受けたが、その結果は、別紙、誘発筋電図結果報告書記載のとおりであつて、左上肢神経の損傷及び障害の所見があつた。

その後も、原告には、左肩甲部より左上腕に強い痛みがあり、左上腕骨骨折の骨癒合を待ち、さらに積極的なリハビリを施行したところ、同年八月末では、左肩節挙上六〇度、左肘・左手関節及び左指の可動域はほぼ正常となるも、筋力が弱く、運動速度は非常に遅く、左肩甲部より左上腕にかけて弄常に強い痛みが持続していた。

同年九月九日、松本病院の担当医である松本医師は、年齢、症状より左肩関節については手術適応はないと判断し、症状からして、一人での自立的生活は不能で、向後二か月の人院が必要であつて、就労も不能であつて、就労可能時期及び症状固定時期は不明であるが、左上肢の神経学的異常は回復する可能性があると判断していた。

同月二八日、原告は、精査のため熊本機能病院に受診したか、同日の筋力テストの結果では、肩関節周囲筋群は三レベル以上、肘関節以下の筋群も抗重力肢位保持が可能であること、全可動域運動が可能であることから、三レベル以上の筋力があると判断され、握力は健側である右が三一キログラム、患側である左が五キログラムであつて、肩周囲及び上腕部に筋萎縮が著明で、知覚はC2レベル以下で、左上肢全体に軽度の知覚過敏と知覚異常が認められ、同年一〇月一日も通院したところ、左上腕神経叢不全麻痺、左上腕骨頸部骨折との傷病名がつけられた他、筋力、知覚テストで不全麻痺、SSEPの精査で末梢神経障害が考えられ、手術の適応はなく、今後リハビリが必要と診断され、同年一一月二日に同病院に受診した際も、状態は変わらないと診断を受けた。原告は、松本病院の紹介を受け、平成五年一月一三日、ボバース記念病院に受診したが、その際の症状は、頭部CT等脳神経学的異常は認めないが、左側頸部痛著明で、左肩から肘、手指にかけて、筋収縮があり、左肩甲部より左上肢全体に強い痺れがあり、手関節より末梢はほとんど知覚なく、左肩、左肘、左手関節は全く動きなく、左手指の動きは僅かで、左上肢運動時の関節痛の為、可動域の改善を認められていなかつた。同日、ボバース記念病院の医師の紹介を受け、星ケ丘厚生年金病院に受診したところ、左肩関節に可動域制限が認められ、健側の右握力が三九キログラムであるのに対し、左握力が二キログラムしかなく、左上肢の各所の筋力が三程度に低下しており、両足指の知覚が鈍麻し、左肘から左手は可動域が完全であると思われるが、動作が緩慢であつて、左上腕骨頸部骨折に左肩拘縮を伴つていると判断され、左上腕骨頸部骨折、左上肢反射性交感性異栄養症の疑い、左外傷性腕神経叢麻痺の疑いとの診断を受け、左外傷性腕神経叢麻痺の有無の最終的確認を行うには、EMG検査が必要との判断を受け、左上肢の動きが特に肘以下から緩慢であることに対しては、筋萎縮がないので、今後の理学療法でパワーアツプが期待できるものの、現症で顕著であるのは、左上腕骨頸部骨折後の肩拘縮であつて、激しい痛みを伴うので、反射性交感性筋ジストロフイーの合併と判断され、いずれも痛みの軽減を図りつつ、可動域改善、筋力増強の訓練が必要で、痛みの治療については、ペインクリニツク的なアプローチが必要かも知れないとの判断であつた。

原告は、その後も、松本病院で、左肩中心に左上肢のリハビリを続けたが、疼痛が強く、拘縮が著明となつてきたため、同月三〇日左肩関節形成術を受け、術直後麻酔下で、前挙一八〇度、外転一八〇度、外旋六〇度まで可能であつたが、その後リハビリを施行したものの、左肩の可動域制限が残つたので、同年三月二六日の松本病院の紹介で、再び熊本機能病院に受診したが、左肩可動域制限があり、左指の屈曲、伸展は問題ないものの、巧緻運動不能との診断を受けた。

その後もリハビリを続けたが、同年四月二四日の症状固定時の自覚症状は、頭痛、右難聴、左耳鳴り、めまい、頸項部痛及び運動制限、左上肢が思うように動かず、重く感じ、痺れ、冷感があること、左上肢全体に浮腫があること、左上肢がほとんど使用できないこと、左足趾の痺れであつて、精神神経の障害、他覚症状及び検査結果は、頸部の運動が緩慢で、左回旋で左側頸部痛が増強すること、左椎間関節及び左上腕神経叢の各圧痛、左指全体の痺れの放散、左肩関節の著名な運動制限(詳細は別紙関節機能障害表記載のとおり)、疼痛及び自動運動が非常に緩慢であること、左肘関節の自動運動が非常に緩慢であること、左手関節の運動制限(詳細は別紙関節機能障害表記載のとおり)及び自動運動が非常に緩慢であること、左手握力の著名な減弱(左八キログラム、右四〇キログラム)、左上肢の筋拘縮(上腕周径左二八センチメートル、右三〇センチメートル、前腕周径左二六センチメートル、右二八センチメートル)、左側頸部から左上肢にかけての知覚異常、特に、左手指の知覚鈍麻、左上肢の温度感の低下、左上肢筋電図検査の著明な異常が認められた。

また、原告は、松本病院で、平成四年五月一二日に耳鳴りを訴え、同病院で経過観察され、同年九月頃より静かな所では左耳鳴りが増強し、遅くとも同年一一月より右難聴が認められ、同五年一月一九日、中津病院耳鼻科に受診し、訴え、同五年一月二六日の頭部レントゲン、頭部CT検査では、頭蓋骨及び内耳道に異常はなく、同月二八日高度の難聴(聴力レベルでスケールアウト)が認められたものの、薬で経過観察するとされ、同年二月一三日にも通院したが、同日行なわれたABRでは右側が無反応であつて、後迷路性の感音性難聴と認められ、同年五月二六日、担当医は、その結果は安定したものであつて、外傷との因果関係は不明であるが、受傷時の影響であることは否定できないとされている。また、同六年六月四日、原告は松本病院に受診したところ、右感音性難聴と診断され、同四年四月二二日受傷後耳鳴りを訴えており、本件事故が原因となつていることが強く考えられると診断されている。

2  なお、原告は、その本人尋問(二回)において、中津病院で、難聴に気付いたのは事故後一か月位してからと答えた旨供述し、また、難聴に気付いたのは事故後三か月位してからである旨も供述するものの、両供述の趣旨が矛盾するものであるし、同病院のカルテである乙三五(二頁)に照らし、少なくとも、正確な記憶とは解されず、採用できない。

三  相当治療期間及び後遺障害の有無、程度

1  相当入院期間

前記認定の症状の経過からすると、平成五年一月三〇日に、平成四年九月頃には適応がないとされていた左肩形成手術が施行されたのは、その後、当時予測しがたい程度に原告の左肩が拘縮し、その疼痛が著明となつたことによるものであつて、それについての担当医の判断が、医師としての裁量に明らかに反するなど、本件事故との因果関係を否定する程のものであることは窺われないから、右手術に伴う入院期間も、本件事故との相当因果関係は否定されない。したがつて症状固定日である平成六年四月二二日までの全期間の入院を相当と認める。

2  左上肢の後遺障害

左肩関節に一〇級一〇号に該当する著しい運動制限が残存することは争いがない。そして、左肘及び左手の可動域は、他動においては同じないしほとんど差がないものの、自動においては患側であるが左が健側である右に比べて、いずれも四分の三以下に制限されているところ、それは、前記認定の症状の経過、特に、筋電図検査、SSEPの精査の結果、症状固定時の左上肢の筋拘縮の程度、左手の握力低下の程度、徒手筋力テストの結果からすると、本件事故による外傷に基づく、末梢神経障害等の神経症状及び筋力低下によるものと解され、客観的な裏付けのあるものであるから、主に自動のみが制限されていても、左肘関節及び左手関節にそれぞれ一二級六号に該当する機能障害が認められると解すべきである。仮に、そう解することができないとしても、他覚的所見に裏付けられた頑固な神経症状として一二級一二号に該当すると解するのが相当である。

3  難聴

(一) 難聴の機序

甲三三、三四によると、以下の事実が認められる。

中耳は、物理的な空気の粗密波としての音を物理的な振動として内耳に伝える器官であつて、伝音系ともいい、内耳は、物理的な振動を神経を通るインパルスに変換する器官で、内耳からインパルスを感じる中枢までの全体、即ち、蝸牛から大脳皮質までを感音系という。そして、そのうち、後者の障害によつて起こる難聴を感音性難聴という。感音性難聴のうち、内耳を除いた部分の障害による難聴を、特に、後迷路性難聴という。ABR検査とは、音響刺激による脳幹部からの電位を記録したものであつて、被験者の意思に左右されないので、難聴の他覚的検査として用いられる。頭部の外傷、場合によつては頭蓋底骨折の伴わない脳震盪によつて、後迷路性難聴が引き起こされることがある。しかし、一方、原因不明の感音性難聴である突発性難聴も少なくなく、その場合、耳鳴りを伴うことが多い。

(二) 当裁判所の判断

前記認定の原告の症状の経過からすると原告は事故後、他覚的検査に裏付けられた高度の右後迷路性難聴が認められるところ、前記認定の原告の症状、難聴の機序、特に、原告は、本件事故前難聴はなかつたと推認できること、本件事故は頭部外傷を伴つており、脳震盪が起こつた可能性もあること、原告には、頭部レントゲンによつて骨折等は認められなかつたが、骨折の伴わない脳震盪による後迷路性難聴もありうること、担当医も外傷と関連する可能性があるとすることからすると、原告の前記難聴が本件事故に基づく可能性もあるものの、逆に、原告が明確に難聴を訴え出したのは平成四年一一月頃であること、突発性難聴の可能性も否定できないことも考慮にいれると、原告の前記難聴が、本件事故によるとの蓋然性の立証はないと言わざるをえない。

4  原告の後遺障害

前記2、3の認定からすると、原告の後遺障害は併合九級と認められる。

四  損害

1  治療費(文書料も含む。) 二一三万〇五七〇円

前記のとおり、原告の全期間の入院が必要相当であつたことに弁論の全趣旨を総合すると、原告の平成四年一二月三一日までの室料差額を含んだ治療費及び平成五年一月一日以降の室料及び電気代並びにそれらに対する消費税を除いた治療費は相当なものと認められる。そして、平成五年一月一日以降の個室費用については、前記認定の症状の結果に、原告本人尋問の結果を総合しても、他室が満室であつたためないし症状が特に重篤であつて、治療のために個室使用をするよう医師ないし病院側の指示があつた等、その必要性を裏付ける事実が立証されていないから、認められない。そして、その額は、乙二、四、六、八、一〇、一二、一四、一六、一八、二〇、二二、二四、二六によると、二一二万五二四〇円と認められる。

未払い治療費、文書料中、五一五〇円分については、当事者間に争いがない。その余の原告主張額について、甲九の1、3ないし11の提出があるものの、それらが本件事故による外傷によるものか、前記各乙号証記載の治療費と異なるものなのか、各診断書の必要性について、立証がないから、本件事故との因果関係を認めるに足りない。

2  付添看護費 四一万二四六四円、装具費 一四万九五一三円

当事者間に争いがない。

3  入院雑費 四七万七一〇〇円

前記のとおり、原告は本件事故に基づく傷害によつて、三六七日間入院したところ、一日当たりの雑費としては、一三〇〇円と認めるのが相当であるから、左のとおりとなる。

1300円×367=47万7100円

4  休業損害 四九三万八二一八円

甲一〇ないし一三、原告本人尋問の結果(一回)は、本件事故当時タクシー運転手として稼働し、事故前一年間の年収は四九一万一三〇七円であつたこと、症状固定日までの全期間である三六七日間入院治療を受け、平成五年四月一六日金星タクシーを解雇されるまで、まつたく、給与の支給を得ていないこと、その後も就労していないことが認められるので、休業損害は左のとおりとなる。

491万1037円÷365×367=493万8218円

5  入通院慰藉料 二〇〇万円

前記認定の傷害の程度、入院経過からすると、右額が相当である。

6  後遺障害逸失利益 二〇〇二万七五七三円

前記のとおり、原告(本件事故時四九歳、症状固定時五〇歳)の後遺障害は九級に該当するので、労働能力喪失率を三五パーセントとして、本件事故前の現実の収入を前提として、新ホフマン係数によつて、中間利息を控除し、労働可能年齢である六七歳までの逸失利益を算定すると、左のとおりとなる。

491万1307円×0.35×(12.603-0.952)=2002万7573円

7  後遺障害慰藉料 五五〇万円

前記の障害の程度からすると、それを慰藉するには右額が相当である。

8  損害合計 三五六三万五四三八円

9  過失相殺後の損害 二四九四万四八〇六円

10  既払い控除後の損害(争点4) 一一一八万四一六九円

原告(一回)及び被告上原各本人尋問の結果によると、被告上原は、原告に対し、平成四年以降一〇万円ずつ二回に渡つて計二〇万円渡したこと、その後、原告が九州に帰るからといつて二〇万円渡したこと、更にその後も生活費として、五万円ずつ数回渡したこと、被告上原は、当初からの合計四〇万円は、損害に対する填補と考えていたが、その後、五万円ずつ数回渡したのは、原告に悪いと感じた気持ちの現れであつたことがそれぞれ認められる。右認定からすると、当初の四〇万円については、まとまつた金額でもあり、当事者の意思も損害の填補であつたことからすると、損害から控除すべきものであるが、他の五万円ずつは、額、被告上原自身の意思からして、損害の填補のためのものでない見舞金であつて、損害から控除すべきでないと解すべきである。したがつて、既払い金の合計は、前記争いのない既払い金に四〇万円を加えた一三七六万〇六三七円となるから、9記載の損害から控除すると、右記のとおりとなる。

11  弁護士費用 一〇〇万円

本件訴訟の経過、認容額等に照らすと、右額をもつて相当と認める。

五  結語

よつて、原告の請求は、被告らに対して連帯して、一二一八万四一六九円及びこれに対する不法行為の日である平成四年四月二二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合の遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある。

(裁判官 水野有子)

関節機能障害表

別紙図面

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例